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おくりびと
2009-02-24 Tue 18:17
映画「おくりびと」、オスカー獲得おめでとう。
まだ観てはいないけれど、公開当時から興味のある作品だった。

「おくりびと」という言葉の意味を知ったのは去年の10月末。バァちゃんが亡くなったときだ。
自宅で息を引き取って、警察の調べや世話になった介護施設の方々の訪問などしばらくバタバタしたあと、都内の斎場から「おくりびと」がやってきた。もちろん、バァちゃんの遺体を引き取って、火葬の準備を進めるためだ。手際よくバァちゃんの体を担架に乗せ、白い布でくるんでゆく。移送時に体がズレないように、腹と足首にきつくベルトをかけていた。クルマまで運ぶ間に落下させてしまうよりはいくらかマシなのだろうが「そんなにきつく縛ったらバァちゃん痛いだろうな…。」と、そんなことを思いつつも、その時半分以上抜け殻だった俺はその作業をぼんやりと見ているだけだった。

翌日、都心の斎場で通夜があった。10年以上会っていなかった親戚もいた。詳しく書くととんでもなく長い話になるし気持ちが真っ黒くなるので書かないけれど、正直どいつもこいつもブン殴ってやりたいツラばかりだった(後日、電話で散々怒鳴り散らしたけれど)。

宗派によって死装束は色々と変わるのだろうか。俺には詳しいことはよくわからないが。
白い服を着せるんだろうということぐらいは何となくわかったものの、実際に飾り付けが始まってみると、厳密には白い服を着せるわけではなかった。真っ白い綿を死装束に見立て、形を真似て作ったものを体にかけていく。着物や草鞋なんかは、よくできていたように思う。納棺師の作業は全く淀みなく進み、通夜は滞りなく行われた。翌日の告別式もあっという間に済んでしまった。火葬がすめばひと段落、というところで、ふと考えたことがある。「納棺師は遺族と最も近い所にいる。だから、きっと彼らは相当な気遣いをしているのだろう」ということを。

斎場の従業員たちは、それぞれの仕事を精一杯こなしているのだろう。だから、彼らの言葉や仕事っぷりはいかにも作業でしかないのだ。たとえば駐車場の警備をしているおっちゃん、斎場の受け付けの姉ちゃん、火葬場でお茶を出すおばちゃん、火葬炉から遺骨を掻き出すおっちゃんなど・・・。仕事は仕事だ。もちろん、遺族もそれを十分理解しているし、作業的に扱われたからといって、激しいトラブルになることもないだろう。大体、家族が亡くなった直後ではそんな元気あるまい。だが、納棺師だけは違った。すべての式が終わるまで、静かに遺族のそばにいる。最後までちゃんとおくりますよ、と。静かに、そこにいるのだ。

納棺師。難しい仕事だろう。日々遺体と向き合うことは精神的に相当削られるように予想できるし、宗教や宗派の違いも理解しなければならない。ウチはまだましな方だったが、遺族同士のゴタゴタももしかしたら間近で見なければならないかもしれない。作業がいかにも「仕事でやってます」的に見えてはならないわけで、かといっていちいち感情移入もしていられないだろうな。ただ単にモノを作る、売るという仕事とは別世界ゆえに、周囲の理解を得ることも難しいのだろうか。


タイトルの映画がどうだとかは別にどうでもいいんだけど…
納棺師ってきっと、辛いけど感謝される仕事だと思うのです。
少なくとも、俺はそう思ってる。
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